Astrumのご先祖様のお話

田舎の本家の長老の話によりますと、Astrumのご先祖様は、
「日本昔話」にも登場する伝説の人物だったそうです。

今でも、我が家にも伝わる一族の伝承として
「鏡が沼には、何があっても近寄ってはならない」
と言われています。


                   【鏡ヶ沼の怪】

昔、南会津の山奥に大蔵という狩人がいた。
 ある日大蔵は、愛犬を連れて三本槍ヶ岳へ鹿狩りに出かけた、その日はことのほか霧が深く、山に慣れている筈の大蔵も不覚にも道に迷っていしまった。大蔵はしかたなく、沢伝いに山を下ってくるとやがて大きな沼の畔に出た。
 大蔵は狩人の直感で、鹿は必ず沼辺にやって来るに違いないと思ったので、銃に弾丸をこめると蛙の皮で作った笛を携えていて、この笛で鹿を呼び寄せていた。大蔵が笛を吹くと、周囲に重くよどんでいた霧はスーッと流れ出した。と、沼の真っ只中に全裸になって水浴びしている美女の姿が、ボーっと現れた。大蔵はびっくりして思わずかたづをのんで見ていると、女は水に濡れた黒髪を両手で絞りながら、こびるような眼差しを大蔵の方に向けて、ニッと笑った。熊と格闘してもひるまない豪の者の大蔵ではあったが、女の艶やかな裸体をまのあたりに見ては、しばし生つばを飲み込むばかりであった。
 
 するとその時、愛犬が猛然と吠え出した。ただならぬ気配にハッと我に返った大蔵は、こんな美しい女が水浴びしている筈がない。あれはきっと魔性の者と気を取り直し、素早く銃を構えると、一発、ダガーンとぶっ放してやった。弾丸は狙いだがわず、女の胸を貫いたはずと見てやると、女はなんと、ケタケタと笑っているではないか。これはまごうかたなく、魔性の者に違いない。大蔵はなおも二発、三発とぶっ放してやった。
 するとこれはまたどうしたことか、一天にわかに掻き曇り、大風が吹き出したかと思うと、青白い稲妻が走り、ドロドロと雷鳴が轟き、天の底が抜けたかと思うほどの豪雨が襲ってきた。そして、そのものすごい光景の中で、裸体の女の姿はみるみるがうちに一匹の青白い大蛇の姿に変わっていった。これにはさすがの大蔵も終身粟肌となり、ワナワナと震えだし、犬もまた、おびえ狂ったかのように吠えたてた。大蔵は、もう夢中になって逃げ出した。沢から沢へ、転がるようにして逃げた。逃げる途中で足を取られ、水溜りの中に転げ込んだ。
ところがその水溜りは、湯のように温かかった。
 しかし、そんなことに気を取られているような余裕は今の大蔵にはなかった。大蔵はただ恐ろしいの一念で、その水溜りならぬ湯溜りから這い上がると再び走り続けた。そして、その日もようよう日暮の頃になって、ようやくのことで一軒の農家にだどり着くことが出来た。

 大蔵は事の一件を話し、その家の主人に救いを求めた。するとそこの主人はカンラカンラと笑いながわ、「そんな筈はねぇ、今日は朝からずうっとよい天気でしただ。あんたは性の悪い狐か貉にでも化かされなすったんだべ。」と言って、てんでとり合ってはくれなかった。それでも大蔵は、その夜はその農家に泊めてもらい、翌日、我が家へと帰って来た。我が家に帰ってきた大蔵は、今までの疲れがいっぺんに出たのか死んだようになって眠りこけ、数日も経ってからようやっとのことで眠りから覚めた。そして炉端に出てきて火にあたろうとすると、目の前に自在鈎かぎに小さな蛇が無数にとりついて、縄のようにもつれあっている。驚いた大蔵は、「ヒャーッ、蛇が、蛇が・・・」舌が引きつったような叫び声をあげた。その声を聞きつけて、家の者たちが駆けつけて来た。しかし家の者たちの目には、蛇の姿は一向に見えなかった。それからというもの、大蔵は自在鈎かぎを見ると蛇がいる、蛇がいると言って狂ったように叫びだすようになった。
 
 大蔵は、まさに狂人になってしまったかのようであった。家の者たちは心配のあまり、山伏を呼んで祈祷してもらったところ、「これは沼の主が殺されたので、子蛇の恨みが目に映るのじゃ。一日も早く、沼の主を祀るが良かろう。」との事であった。家の者たちは早速沼に程近い大峠に石の祠を造って沼の主の霊を慰め、沼の主が女の姿で姿を現したところから、その名もお仙の宮と名付けてやった。するとそれからというもの、大蔵も子蛇の姿を見ることはなくなり、再びもとのたくましい狩人大蔵の姿に戻ったという。
 
大蔵が狩りに行った三本槍ヶ岳という山は、福島県と栃木県との県境にある標高1916.9mの山で、大蛇を撃ち殺した沼というのはその北方約1キロ余のところにある鏡ヶ沼(南会津郡下郷町)のことである。そして大蔵が転んだときの水溜りが温かったというのは、その近くで温泉が葺き出していたからであった。この温泉はのちに開かれて甲子温泉(西白河郡)となり、奥日光国立公園北端の一角に組み込まれている。三本槍ヶ岳には、大峠に至る林道が通っているだけで、今でもいくのは容易ではない。


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